湯之平展望所 番外編 ①

今回は湯之平展望所繋がりで「番外編」をお送りします。

時は1862年(文久2年)9/14日 武蔵野国生麦村で、
薩摩藩主(事実上の)「島津久光公」の大名行列に、
あろうことか馬上のまま横切った英国人があった。
薩摩藩士は咄嗟に抜刀し武士の習いに従って、
その英国人を一刀両断に切り捨てるという、
世に言う「生麦事件」が発生した。

イギリス側の無理難題の要求に薩摩藩は一向に応じない。
怒り心頭の大英帝国イギリスは大人の対応を見せずして、
弱小国日本のそのまた外れの一藩「薩摩藩」に対し、
当時列強国最強の名を欲しいままにしていたイギリス艦隊7隻を、
鹿児島湾に差し向けた。

薩摩藩は湾岸に砲台を設えまた通過するであろう沖小島にも、
砲台と水路には機雷を密かに設置して、
無謀にも世界も恐れ戦くイギリス艦隊を待ち伏せた。
沖小島沖小島と開聞岳 クリックして下さい。

現れた艦隊に対し薩摩藩は鹿児島城下での交渉を提案したが拒否。
その後薩摩藩の汽船の拿捕をきっかけに薩摩藩から砲撃を始め、
開戦「薩英戦争」の火蓋が切って落とされた。

イギリスの艦砲は世に名高い「アームストロング砲」。
それにロケット弾も多用され城下は火の海に。
だがそれに怯むことなく薩摩藩も果敢に応戦。
思わぬアームストロング砲の暴発も手伝って、
イギリス艦隊も甚大な損傷を出した。
大破1隻・中破2隻・死傷者は63人(内死者13名)に及んだ。
死者の中には旗艦ユーリアラス号の艦長と副長もいた。


番外編 ②に続く

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