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奥の細道 ⑤

義経繋がりで、もう一題です。

「一ノ谷の合戦 」1184年2月7日

一時は劣勢にあった平氏が、勢いを取り戻し、
京に迫らんと、一ノ谷に陣を置いた。
そうはさせじと源氏は、源 範頼と源 義経を急行させる。
本体範頼と義経の二手に分かれ、一ノ谷に急ぐ。
ところが、先に着いた範頼隊の一部が、作戦を破り、戦端を開いてしまう。
まだ六甲山中にあった義経隊は、そのことを知った。
義経は予定の道では、とても間に合わないと悟り、
一部の者だけで、急斜面の崖を、駆け下りることにした。
地元の猟師に、鹿が駆け下りることを、聞いた義経は、
馬でも出来ないことはないと、先頭を切って崖に飛び込んだ。
義経の鋭い勘は、狙い通りだった。
平氏は、思いも寄らぬ背後からの急襲に、混乱し総崩れとなった。
義経の機転の活躍で、源氏の大勝利となった。
この崖から駆け下った、義経の果敢な行動、
これを世に言う、
「鵯越(ひよどりごえ)の逆落とし」と言う。
(事実でないと言う説もある)

この後、平氏は「屋島の合戦」・「壇ノ浦の海戦」等に敗れ、
滅亡への道を、辿ったのであった。
平家の落人は、九州の山中へ逃げ込んだ。
九州各地に、平家の落人の伝説が、数多く残っている。
シッタレが本年(10’)五月の連休に、子守唄を探しに行った、
五木村・五家荘(ごかのしょう)もそうだった。
【10’5月9日から 「子守唄の里 五木を訪ねて」シリーズを
ご参照下さい。】
それから、700年位後の、五木村の娘達に繋がって行く。
「三十三人衆」の地主は、源氏の末裔と言うことになる。

「出る杭は打たれる」の習いの通り、余りにも目立ち活躍する義経に、
嫉妬を感じた(実際は頼朝不知の官位拝領事件等)頼朝から、
追われる身になって行き、平泉に辿り着くことになる。
現代になって、シッタレも辿り着いたと言うお話です。


青葉の笛 倍賞 千恵子
http://www.youtube.com/watch?v=DrQn01ePrzQ&feature=related
青葉の笛 安西 愛子
http://www.youtube.com/watch?v=SFL3iyIMo0I&NR=1

「青葉の笛」は
平 清盛の弟の子「平 敦盛」を哀れんで、作られた歌だ。
笛の名手だった。
一ノ谷合戦直後、海に逃れようとしている、
敦盛を追いかけた、源氏の武将 熊谷 直実が、
追いついて、取っ組み合いになった。
よく見るとまだ少年(16才)だ。
哀れに思った直実は、一時見逃そうと考えたが、
味方が近づいて来たので、やむなく首をはねた。
直実はこの事が、心から離れず出家し、
敦盛の供養に生きた。

下の歌「鎌倉」は、鎌倉繋がりです。
鎌倉成立直前のことか、室町成立直前「足利 尊氏」の頃を歌ったものか、
時代はわからないが、シッタレは青葉の笛と同様、
とても好きな歌だ。
私は以前、円覚寺に1週間ほど籠もった経験がある。
またの機会に、その事について、話すことにしようと思う。

「鎌倉」歌 東京放送児童合唱団
http://dougakensaku.info/detail/69w1R489qs0

※歌詞が読みにくいので、画面を少し縮めて、
 下を見ながら、お聞き下さい。

七里ガ浜の磯伝い
稲村ガ崎 名将の
剣投ぜし 古戦場

極楽寺坂 越え行けば
長谷観音の堂近く
露座の大仏 おわします

由比の浜辺を 右に見て
雪の下道 過ぎ行けば
八幡宮の おんやしろ

のぼるや石の 階(きざはし)の
左に高き 大銀杏
問わばや遠き 世々の跡

若宮堂の 舞の袖
しずのおだまき くり返し
かえせし人を しのびつつ

鎌倉宮に 詣でては
尽きせぬ親王の みうらみに
悲憤の涙 わきぬべし

歴史は長し 700年
興亡すべて 夢に似て
英雄墓は 苔むしぬ

建長円覚 古寺の
山門高き 松風に
昔の音や こもるらん

次は平泉に戻ります。

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テーマ : 歴史
ジャンル : 学問・文化・芸術

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No title

こんにちは☆
かごしまnewらいふのまりchibiです(^^)
ご訪問&コメントくださったので私も遊びに来ました~♪

これで全国に足を踏み入れたことがあるんですね!すごいですね~!私は以前大学が青森だったのでそこで少し暮らしてましたが、
東北は東北でまた違ったよさがありますよね!
歴史がお好きなんですね☆私はまったくそっち方面はわからないのですが・・・(^^;)

No title

シッタレさん、こんばんは。
「奥の細道紀行 シッタレさん版」、楽しく拝読させていただきました。
歴史は(も)、苦手な分野ですが、何年か前の大河「義経」を見ていましたので、それぞれの場面が懐かしく甦ってきました。

鵯越の逆落とし・・・見事な機転でしたね。 
実は、私の通っていた小学校の名は「鵯越小学校」でしたので、見ていても力が入ったものです。

地震の歓迎に始まった奥の細道紀行、最後はどうなるのでしょう?
楽しみです♪

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