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日光の旅

陽明門陽明門
画像をクリックしてください

改めて、明けましておめでとうございます。本年も宜しくお願い致します。

さて、約一か月半に及ぶ日光の旅の動画がようやく完成しました。
慣れない動画編集ソフトで試行錯誤しながらの作成でしたので、
結構長くかかりました。

私は東京に行ったらけっこう「はとバス」を利用します。
今回も二日乗りました。
現代の東京のバスガール。
皆洗練されていて優しくて美人でとても楽しい旅ができます。
日光の旅も素晴らしい旅になりました。
動画のスタートに音声入りで少し使わせてもらいました。
旅の最後に「東京のバスガール」を歌ってくれましたが、
昔の東京生活を思い出し涙が出ました。
その時の映像は撮っているのですがガイドさんが映っているので
残念ながらUPすることはできません。

東照宮は何十年振りでしたが平成の大改修作業が完了した直後だったので
感動そのものでした。
その訪れる参拝客の多いこと。
身動きも取れないほどでした。
海外のお客さんが半数以上だったのではと思います。
有難いことだと思います。

ここ鹿児島でも海外のお客様が年間60万人ほど訪れています。
航空路線が倍増したことと大型船の入港が大幅に増えたことが
理由として考えられます。
私たち夫婦も「おもてなし隊」として歓迎に一役買っています。

話がそれました。
4分ほどの動画です。
ご覧ください。

YOUTUBEへ転送します

「日光はとバスの旅」
上の文字をクリックしてください。

二荒山神社日光二荒山(ふたらさん)神社
画像をクリックしてください
映像の中で特に記載しませんでしたのでここで取り上げました。
和傘がとてもいい印象でした。

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テーマ : 国内旅行
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東京に行って来ました

「久し振りに手を引いて 親子で歩ける・・・・・

 ここが ここが 二重橋 記念の写真を撮りましょうね」

故島倉千代子の「東京だよおっ母さん」。
私も何十年振りに行ってきました。
歩いている観光客は昔と違って6~7割は外国の方のような。

正門石橋クリックしてください。「正門石橋」

ところが、我々日本人の心の拠り所『二重橋』は本当は違うんだということを
今回初めて知りました。
本物の二重橋は奥に見える1連のアーチ橋だそうです。
(詳しくはNET等でご確認ください)

正門鉄橋「二重橋」クリックしてください。 「正門鉄橋」


でも普段我々が「二重橋」と親しんでいるのは「正門石橋」の方。
島倉千代子のあの歌もここ「正門石橋」の方を『二重橋』とよんでいるはず。

今回、旅行の予定にしていなかった皇居お濠を伝い二重橋を散策して、
心の洗われる旅の初日になりました。

巽櫓
「巽櫓」 左端は「桔梗門」

皇居前


その後、ここからすぐ先の九段会館で毎年同窓会をしていたころを懐かしく思いつつ、
妻と二人で玉砂利を踏みしめながら東京駅へと戻ったのでした。
東京駅「東京駅」

東京から帰った後風邪をひいて2回病院へ駆け込む羽目になり、ようやく本日PCに
入力出来たところです。
最近風邪が長引き簡単に治らないことが多くこれも年のせいかなと嘆いております。
長期間記事をUP出来なかったことを心苦しく思っております。

地域によっては晩秋を過ぎいよいよ本格的な冬の到来といった様相ですね。
皆様もくれぐれも体調管理に努めてください。

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北海道シリーズ 第7弾 「北空港&札幌」 説明

今回も再度You tubeに飛べるよう作業しました。

YOU TUBE
「北空港・札幌」
クリックをお願いします。

作詞  やしろよう
作曲  浜 圭介
歌    桂銀淑 ・ 浜圭介
リリース 1987年11月

新千歳空港に着いた時も帰りの時もゆっくり周りをカメラにおさめる余裕もなく、
慌てて空港を離れたので空港の画像は皆無。
(1枚だけ過去撮った空港内の画像がありました。)
「北空港」を題材にしておきながら空港の様子は全くお伝えできません。

全編が札幌市内の夜景とあって飽きてしまう画像になったかも知れません。
家内がテレビ塔の上まで行こうと言い張るので高所恐怖症の私としては、
抵抗空しく決死の覚悟で上った次第です。
ただ、夜景はどうしても高い位置から見るにに限るのでおろおろしながら
昇った次第です。

エレベーターで昇るシーンがありますが前面には立つことは無理。
家内の後ろからおそるおそる撮影しました。

話は変わりますが我々鹿児島県人としては「村橋 久成」の興した、
サッポロビールのゆかりの地に足を運ばない訳には行きません。
前回5~6人の男どもで来た時も本場のビールを堪能したので、
今回も二人で足を運びました。
「サッポロビールファクトリー」
ビアケラー・レンガ館
札幌市中央区北2条東4丁目

感想は?って・・・
勿論ビールも食事も大満足だったことは言うまでもありません。

この日は地元の人でも11月にこの冷え込みは珍しいと言うほど、
時々寒風吹き荒れる天気になりましたが、イルミネーションの
刺激的な暖色系の明かりも手伝って忘れられない夜になったのでした。

長々とこの北海道シリーズにお付き合いいただき有難うございました。
次回からは熱帯花木あり、豪華客船あり、歴史あり、音楽ありの
私得意の本来の姿に戻ろうと思います。

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「北空港&札幌」 北海道シリーズ第7弾!!

北海道シリーズ第7弾。
「北空港&札幌」

イルミテレビ塔


長きに渡って届けてきました「北海道シリーズ」。
今回で締めくくりとします。

最後に200万都市の札幌を取り上げます。
私は今回で2回目の訪問となりましたが大都市に変ぼうしていました。
半面、他の地域が衰退していくのが少し気になりました。

幸いにも旅行が「札幌イルミネーション」の行われている時期と重なり
鮮やかな夜景が撮れました。

YOU TUBE
「北空港・札幌」
クリックをお願いします。

詳細は次回にします。
どうぞご覧ください。

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人生の空から 動画修正について

昨日3月12日公開した「人生の空から」のYou tube 動画を一部修正し再公開しました。

「修正箇所」
画像の後ろから2枚目。「白樺」の画像です。
実は一番手前の白樺の幹のすぐ横に家内が立って写っていました。
Photoshopで修正をかけ人物を消していました。
修正はうまくいったつもりで動画に使用しました。

ところが今日、目を凝らしてよく見つめると薄っすらと人面が残っています。
ヤバい!!

既に24アクセスの記録が残っていましたがこのままではやはりまずいので、
修正作業をしUPし直しました。
既にご覧戴いた方には本当に申し訳ございませんが、
ご理解をお願いします。

ここからも再度動画に飛ぶようにしました。

「YOU TUBE」
「人生の空から」ハーモニカ演奏
クリックください。

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北海道シリーズ 第6弾 「人生(たび)の空から」

空撮
クリックをどうぞ。


昨年11月北海道を旅して早や4カ月が過ぎようとしています。
そろそろ皆さんはこの企画に飽きがきていることと推察します。
そこで、この6弾目を含めてあと2回でこのシリーズにピリオドを打とうと
考えています。
この企画は北海道にまつわる名曲が余りにも多いので選択に迷いました。
まだまだ名曲は頭の中に数多く浮かびますがこの辺が
潮時だと思います。

ここら辺りで今回は北海道が生んだ大スター、シンガーソングライターの
「松山千春 (敬称略)」を取り上げない訳には行かないと思い、

北海道シリーズ第6弾は松山千春の「人生(たび)の空から」を選びました。
好きな曲が山ほどありどの曲を選ぼうかと散々迷った挙句、
「人生(たび)の空から」を選んだ次第です。
聴いてください。

「YOU TUBE」
「人生の空から」ハーモニカ演奏
クリックをお願いします。

作詞・作曲  松山 千春
ハーモニカ  SITTARE

空の旅を味わって戴こうとジェットエンジンのボリュームを大きくしています。
それと高音に少し違和感があると思いますが我慢願います。

途中に出てくる「足寄(あしょろ)駅」は松山千春の生誕の地です。
残念ながら廃線の憂き目にあい現在は駅舎のみ残っています。

最後の2枚の画像は「サロマ湖畔」の写真です。
私たち南国鹿児島の者にとっては白樺の林は憧れです。
それとこのオレンジの建物は私が最高に気に入っている画像です。

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石狩挽歌 (北海道シリーズ第五弾)

旧青山別邸

「YOU TUBE」へ
「石狩挽歌」
クリックしてください。

本当に長い間のご無沙汰でした。
気づけばもう3月になってしまいいました。

今回は画像の修正作業にかなり時間を要しました。
画像の中には私を含めて6人のおじさんが写っていました。
それもデカデカと。
Photoshopで写っている人を消す作業に手間取りました。
動画の素材も限られた中で集めましたので、
3分45秒を満たす動画創りにはけっこう苦労しました。
したがって石狩地方だけの画像・映像では殆ど足らず
北海道全域のものを混ぜて使用しています。
尚「、旧青山別邸」の画像は2002年12月のものになります。

曲は (敬称は略します)
歌    北原 ミレイ
作詞  なかにし 礼
作曲  浜 圭介

ハーモニカ演奏  SITTARE

にしん御殿
「小樽貴賓館 旧 青山別邸」
クリックください。

北海道シリーズはあと数回続けるつもりです。

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北の旅人(釧路・函館・小樽)

長らく間が空きました。
この一週間インフルエンザ(A型)で苦しんでいました。
この間病欠していましたので後半はBlogがゆっくり作成できると
高を括っていましたが、気分がすぐれずようやく今日この作品の
完成にこぎつけました。
また、ハーモニカの調子もいまいちで今日に行ったてしまった
という事です。

「本題」
今回の旅は釧路・知床・宗谷(稚内)そして日本海側の旭川・札幌・小樽と
周り、残念ながら函館方面は行っておりません。
ただ、2002年南北海道といわれる函館・札幌・小樽を経験していましたので、
今回の『北の旅人』の映像・及び画像は現在と過去(2002年12月1~2日)
を織り交ぜて作成しております。
この楽曲に登場する「釧路」「函館」「小樽」に合わせて映像は展開します。

細かいことは追って追記します。
先ずは動画をご覧ください。


『YOU TUBE』

「北の旅人(釧路・函館・小樽)」

上のクリックをお願いします。


作詞  山口 洋子
作曲  弦 哲也
歌    石原 裕次郎


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宗谷岬へ ひた走る!! ④

宗谷岬へ ひた走る!! ③ からの続き


伊能忠敬は薩摩の地に2回訪れています。
1回目は薩摩半島から長崎方面へ。(第7次測量隊)

2回目はやり残した屋久島・種子島を測量しています。(山川港から渡って)(第8次測量隊)
薩摩富士
画像をクリックして下さい。

「伊能忠敬先生絶賛の地」  内閣総理大臣 鳩山一郎 書
番所鼻(ばんどころばな)自然公園 (南九州市頴娃町別府)

※参考 伊能測量隊宿泊地 Googleマップ 測量次選択-伊能忠敬研究会
      を参考にさせて頂きました。

番所鼻
画像をクリック願います。

忠敬一行は私たちの街鹿児島市にも立ち寄っています。
今は無き 車町(現 上本町)に2泊しているようです。


二人は世代こそ離れているが出身地は目と鼻の先。
忠敬は下総国佐原村(現千葉県、茨木県境)
林蔵は常陸国筑波郡平柳村(現 つくばみらい市)
お互いの出身が県境のかなり近い所のよしみもあり意気投合して
いったとみられる。

伊能忠敬隊は厚岸(アッケシ)を通過、西別「ニシベツ」(現別海町)
北緯43度39分37秒で折り返し、(伊能忠敬到達最北東端)
第一次測量隊は江戸に戻った。
(年内に地図を作成し幕府に献上する必要があった。)

※参考
伊能忠敬測量隊の足跡_第一次測量
   | オープンデータ共有_LinkData.org
を参考にさせて頂きました。

旅行第2日目 昼食に厚岸に寄っていました。
厚岸の牡蠣と新鮮な海の幸を炭火焼で堪能しました。
厚岸
コンキリエ
厚岸味覚ターミナル 『コンキリエ』
私は一番手前左手に座っていました。

その後私達は摩周湖に向かったのでニシベツ(現 別海町)へは
寄っていないようです。
目と鼻の先まで来ていたようですが。


間宮林蔵はそれ(ニシベツ)以北及び北海道の日本海側を測量し北海道全図を
完成させました。

林蔵


日本全図及び測量技術の基礎を作った二人は大変な偉業を成した。
また、北海道以北を命がけで踏破した『間宮林蔵』の誇らしい像。
敬意を払って改めて見直してみた。


宗谷岬へ ひた走る!!
は今回で終わります。

ただ、北海道シリーズはまだ次に続きます。



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宗谷岬へ ひた走る!! ③

間宮林蔵像

この後ろ姿は「間宮林蔵」像です。

この宗谷岬に来るまですっかり忘れていました。
約20年位前 伊能忠敬の生涯(特に50才過ぎてからの)を著わした
「四千万歩の男」 井上ひさし著 を貪るように読んだのを。
今回一部読み直してみました。
かなりの部分が記憶から飛んでいました。

その第二巻(全五巻) 忠敬一行が蝦夷地箱(函)館を出発しほど近い大野村で
その人「間宮林蔵」と初対面する。
(大野村は現在は北海道新幹線終着駅「新函館北斗駅」のある北斗市。
1800年7月20日(忠敬 2日宿泊)

※参考 伊能測量隊宿泊地 Googleマップ 測量次選択-伊能忠敬研究会
      を参考にさせて頂きました。


林蔵は忠敬が測量技術の手ほどきを習った師と言える「村上 島之丞」の
下役人として蝦夷地に赴任していた。
「島之丞様が是非お会いしたい」との言伝を持って来たのだった。
その時「伊能様が国後までならその以北を私に残しておいてもらわないと
困ります。」「樺太まで行けば日本で一番北へ行った男になれます。」
言い放った・・・らしい。(あくまでも四千万歩の男での創作会話ですが)

その当時は小生意気なずけずけと遠慮のない若造だった。
若干19歳(20歳?)でした。


その時忠敬に軽く地図作成技術の手ほどきを受けます。
その後江戸にて本格的に忠敬に入門してあらゆる技術を習得するのです。
その後2度の樺太探検を敢行し「間宮海峡」を発見します。
大陸に渡り現地を見て回った史実もあるようです。

後に忠敬がやり残した北海道全域を測量して回り北海道全図を完成させます。
そして伊能忠敬の作成した地図と合わせて日本全図が完成するのです。
その精巧さは欧米列国が驚嘆するほどの完成度だったといいます。

間宮海峡

④に続く。


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宗谷岬へ ひた走る!! ②

サロマ湖
サロマ湖   (画像をクリックしてください。)

サロマ湖を出発するときは雪もなく(前日の雪が少し残っていますが)こんな素晴らしい
景色が見えました。  が・・・・・


宗谷遠景クリックをよろしく。


宗谷岬に着いたころは氷点下5度前後。
ブリザード?が吹き荒れる状況に。(動画でUP済)
正に冬の宗谷岬。
1月~3月はこんなものじゃないのでしょうね。(画像は11/21 2016)

この日は知床(ウトロ)から宗谷岬(稚内)まで400kmをバスで走破する
ハードなスケジュール。

(※ミニ情報  8時間20分の行程中に約1時間半くらいの間隔で
         トイレタイムがありました。トイレを心配していた私は
         杞憂に終わりました。
         ただ、トイレに関して一言。
         必ず女性は長蛇の列が出来ます。  もっと
         女性用のトイレを充実して欲しいと思った次第です。
         Sittare「男性」からのお願い。)

快晴のサロマ湖から北上するにしたがって徐々に雪が深まる、
正にこの季節ならではの体験が出来ました。
過去に雪道をこんなに長距離で走行した経験がなく、
刻々と変わっていく景色に心は小躍りしていました。

北の最果てオホーツク。
この400kmの旅で堪能できました。
また、厳しい環境下でこの地に根を張って脈々と生き抜いておられる
地元の人々の姿に感動すら覚えました。

③に続きます。

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宗谷岬へ ひた走る!! ①

宗谷岬塔
宗谷岬


北海道シリーズ 第3弾!!


YOU TUBE
「宗谷岬へひた走る!!」
上をクリックしてください。

曲名  宗谷岬
作詞  吉田 弘
作曲  船村 徹
ハーモニカ演奏  Sittare


宗谷岬案内板

詳細は次に繰り越します。
取りあえず動画をご覧ください。

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摩周湖

神秘の摩周湖クリックをどうぞ。

北海道シリーズ 第2弾!!
「摩周湖」です。
「霧の摩周湖」ハーモニカの演奏でお楽しみください。
旅行の行程は知床より先だったのですが2番目の発表になりました。


YOU TUBE
「摩周湖」
上をクリックしてください。

曲名  霧の摩周湖
作詞  水島  哲
作曲  平尾 昌晃
歌    布施 明


残念ながら(?)霧は出ていませんでしたが、摩周湖がこんなに良く
見渡せる日はすくないのだそうで、全く見えないのよりは良かったと
天に感謝しているところです。
(本音 少し霧が欲しかった)
全景クリックをどうぞ。


何時かはBlogで「霧の摩周湖」を発表してみたいと思っていたので
今回はいい機会になりました。

ただ、演奏は満足いくものではないので更に精進していかねばと
考えています。

私は昔から「布施 明(敬称略)」の楽曲が大好きなんです。
これからも度々発表して行くと思います。

「おもいで」「愛の園」「愛の終わりに」「愛は不死鳥」「何故」
「恋」「そっとおやすみ」「シクラメンのかほり」などなど・・・

摩周湖
解説クリックをどうぞ。


今回はやっと「摩周湖」に到達したという思いです。
美しい摩周湖がこの動画で皆さんに少しでも伝われば幸いです。

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知床の旅 ②

知床の旅 ① では取り合えず動画をUPしましたが、
暫くは北海道の旅の思い出を話したいと思います。

今回は函館方面を除いて道内ぐるっと4泊五日のバス旅行でしたので、
大半の画像はバス内からで皆さんの満足いくものは少ないと思います。
その代わりその地に因んだ動画を多用しハーモニカの音色と共に、
お届けしたいと思っています。
暫くお付き合いください。

ただ仕事現役のSittareとしましては師走の最中、
UPの間隔が空くことをお許しください。
また、旅行とは関係ない話題も途中に入れ込むつもりです。
平にご容赦を。

先ずは①の解説をどうぞ・・・です。

動画の冒頭は「ムックリ」という竹を切り込んだ楽器で主にアイヌの女の子が
奏でます。口に銜えて口腔の形を変えいろいろな音色を出します。
初級者の私はあの音で精一杯です。
先ず左の紐で固定し右の紐を強く引き音を出すのですが、
簡単には音は出せません。
何で私が「ムックリ」を持っているかは下記をご覧ください。

インカラプテ(こんにちは)①
インカラプテ(こんにちは)② 
クリックしてください。

「ピリカピリカ」の歌は小学校か中学校の授業で習いました。
曲の冒頭で使ってみました。
ハーモニカは「複音ハーモニカ(C)」で演奏しました。

知床旅情は「クロマチックハーモニカ」を使用しています。
間にバスガイドさんと一緒に歌った音を入れ込んでみました。

前日は真っ暗闇で知床ウトロ着。
翌日は1日で稚内まで約400km走破ということでまともな画像がありません。
このくらいの画像で我慢してください。

羅臼から国後島を見たかったのですが3日目の行程を考えると無理というもの。
またゆっくりと知床を訪れたいと思っています。
ただ、ウトロ・斜里(シャリ)等初めて聞く場所で結構満足した知床でした。

続く。

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知床の旅

知床半島クリックをどうぞ。

11月後半北海道を巡ってきました。
ハーモニカとともに動画をお楽しみください。
詳しい説明は次にお伝えします。

You tube
「知床旅情とピリカとムックリ」
上をクリックしてください。

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パンチパーマの仏像さん

京都観光のタクシーの車中で運転手さんが「最近パンチパーマの仏像が話題になっている」と、
写真を見せてくれた。
見た途端、本人(仏像さん)には悪いが吹き出してしまった。
予定外だけど見る気はないかとのこと。
時間が許せば是非!とお願いした。

名前は
『五劫思惟(ごこうしゆい)阿弥陀仏像』。
場所は「浄土宗大本山・くろ谷 金戒(こんかい)光明寺」の墓地内。
笑うと罰が当たるが何とこの頭。
話によると修行に明け暮れ髪を切る暇もなかったらしい。
修行熱心のあまりこのようなお姿になられた・・・頭の下がる御方なのです。
最近巷では「パンチパーマの元祖」と親しまれているらしい。

案内
パンチ
思えば、大仏さんもいくらかこの頭に似ているような?

話は変わるがこの「金戒光明寺」は幕末幕府側の重責にあった
「松平 容保(かたもり)公」会津藩の陣所であったらしい。
金戒

容保公は幕府に恩義を感じ仁義に熱い人だったが、国際情勢等の情報収集能力が
気迫だったため、白虎隊初め会津藩の優秀な人材を失わせてしまった。
「金戒光明寺」に立って激動の幕末の動乱に思いを巡らさずにはいられなかった。
特に旧薩摩の血を受け継いだ者としては。

墓地内には「江」様(お江与)の供養塔もあった。
※「浅井 長政」と信長の妹「お市の方」の子供三姉妹の末っ子。
  2代将軍、徳川 秀忠の正室。
  他の二人は言わずと知れた豊臣 秀吉の側室「淀殿」(茶々姫)。
  次女は京極 高次の室 常高院(お初)。
所謂、浅井三姉妹の末っ子。
ここ、「金戒光明寺」は徳川家との縁が深いのだろう。
江様

この墓地の中は他にも面白い仏像さんが多数おられた。
パンチ2

興味を持たれたら行かれることをお勧めします。

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テーマ : 京都・奈良
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香港編を作成しました。

長い間お休みしていました。
風邪がくすぶり、夜になると咳き込んで。
その中でも細々と旅行の編集をしていました。

今夜旅行組と会を持ち、直前に完成したDVDを
渡すことが出来ましたので、
本日当Blogにてもお披露目致します。

香港編です。

今中国との関係がぎくしゃくしていますが、
私は人と人との繋がりは政治問題とは別にして、
密にしていかなければいけないと思っています。
澳門(マカオ)・深圳(シンセン)・香港それぞれで、
ガイドさん初めいろいろな人にお世話になりました。
この香港編もお世話になった方々へのお礼を兼ねて作成しました。

私としてはこの旅は何十年もの思いがようやく叶って、
ビクトリアピーク(Victoria Peak)やレパルス・ベイ等に、
立つことが出来た旅だったのです。

あの慕情の地に。

香港各地の映像に「ANDY WILLIAMS」の歌を乗せて、
(注: 映画ではANDYの歌は挿入されていません)
動画を作るのが私の夢でした。
どうやら思いの叶った動画に仕上がったと思います。
(夜景撮影前にバッテリー(2個)が切れ、
 デジカメの動画で撮ったので少し画質が)

残念ながら直前に「ANDY WILLIAMS」さんの死去が伝えられ、
悲しみの作品になったのかも知れません。
天国から見てくれていたら嬉しいのですが。

それではご覧ください。

「You tube」
香港  クリック!

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テーマ : 香港
ジャンル : 旅行

深圳

昨日(8/19)誠に残念な事件が中国各地で起こってしまった。
その中に、現在記事発表中の深圳も入っていた。
また次に控える香港でも。

今日からは深圳の世界に誇れる第一級の観光施設、
「中国民族文化村」を隈なく紹介するつもりでいた。
しかし、この状況下ではとても紹介出来そうもない。
深圳の好印象が強かっただけに、誠に残念でならない。

暫くしてまた、紹介出来得る環境が整えば、
再度後半をUPすることをお誓いして、
ここで今回の旅行記を一先ず終えることにします。

次回からは最近参加した催しの紹介記事と、
中途になっていたフラワーパークの紹介を、
再開しようと思います。


テーマ : 海外旅行
ジャンル : 旅行

深圳 2

深圳街A
「市内観光」

と言っても16:30(8/16)に上陸したので、
目的の「中国民族文化村」に着くまでの僅かな時間。

街は高層ビルが立ち並び住宅街は高層マンションが、
果てしなく続いている。
ここで寄ったのは「自由市場」。
ここは観光コースになっているらしく、
他のBlogでもここを結構紹介している。

規模は思ったほど大きくなく、
大規模市場を想像していた私には、
少々期待外れだった。
しかし、カエルがネットの中に生きたまま売られていたり、
珍しい魚が板の上に並んでいたり、
生姜の山積みがあったりで、中国の市場の雰囲気は味わえた。
深圳自由市場 深圳カエル
 「自由市場」       「カエル」

深圳魚 深圳野菜
               「豊富な野菜」

深圳果物 深圳桃
 深圳はレイシとマンゴーの産地らしい。

ナツメ果物屋 
ナツメ?ナツメヤシ?     果物屋さん(見慣れぬ果物は右の箱の上 ①アダンの実に似ている
                       パイナップルではなさそうな?)
                     ②その上 ガクの付いたようなスイカに似たもの
                      ※拡大してよく見るとガク様のシールが貼ってあるようだ。
                     ③中央奥 ヤシの実か? ④男性の後ろ ドラゴンフルーツ?
                     ⑤左端 ラグビーボール大のスイカ
                     ⑥勿論 マンゴー(中央)とレイシ(下)も見える。
                     その他 拡大して見ると、右瓜(メロン?)の後ろに緑色で
                         形の悪い果物が見える。(少し隼人瓜にも見える)


市場周りは狭い道路が入り組み、我先のマナーの悪い運転が目を引いた。
もう少し生の中国を味わいたかったが、残念ながら時間が押していて、
当日メイン目的の「中国民族文化村」に急いだ。
深圳街B 深圳街C
 
深圳工場

その日の予定は、夕方の「中国民族文化村」を、
1時間強回った後、街に戻り食事をし、
「ナイトファンタジーショー」(19:30開演)を観に、
もう一回「中国民族文化村」に戻るという強行軍。

ムービーを中心に撮ったため、写真の画像が少なめです。
ご容赦ください。

今日は「市内の様子」を取り上げ、
次回「中国民族文化村」を紹介したいと思います。

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深圳(しんせん)

ようやくマカオを終え、今回から次に訪問した深圳(中国)です。

「深圳」の私の予備知識は「経済特別区」で、
世界の名だたる企業が進出している工業地帯、
という事だけでした。

しかしそこは、私の想像を遥かに超える大都会だった。
何と人口1、500万人。
東京都(1、320万人)より多い人々が暮らしていて、
高層ビルが林立し、地下鉄をはじめ公共交通機関も充足しているようだった。
工場が多いため女子工員が多く、
男女比が1対7だそうで、男性にとっては天国のようなところ。
また、美人の産地だとガイドさんが自慢していたが、
事実多かったように思った。(鹿児島には遠く及ばないが

2006年大連に行ったがここも美人の産地。
スタイルが抜群でモデルが多く輩出する地域だと聞いたが、
ここ深圳の女性の体は少し小柄だった。


写真の整理が儘ならないので、もうしばらくお待ち下さい。
今回は1枚だけUPします。
深圳海上から
船のガラス越しのため写りは今一つです。

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マカオ総集編

毎晩の日本選手の活躍にBlogどころでは
なかったのは皆さんも同じだと思います。

今回は最高のオリンピックでした。
メダル数38個もさることながら、
新体操・男子マラソン・等大躍進の競技もあり、
朝まで眠れない日が続き、仕事にも影響があったのは事実でした。

オリンピックが終わったと思ったら、
高校野球です。
本日第一試合、上村高校は初戦を突破。
九州一位の実力を発揮してくれました。

同時にアンダー20の女子サッカーも始まるようです。
ヤングナデシコ達はまたこれが大した実力者揃い。
こちらも目が離せません。

で、かなり遅れてしまいましたが、
ようやく「マカオ総集編」を完成出来ました。
音楽と映像で綴る「マカオ総集編」をご覧ください。
特に最後をご注目ください。

「You tube」
「マカオ総集編」クリック


「使用曲」
Bossa Deliciaus
1.Chega De Saudade / Lisa Ono
  想いあふれて / 小野 リサ
2.Influencia Do Jazz / Carlos Lyra
  ジャズの影響 / カルロス・リラ

次はいよいよ中国へ渡ります。
「深圳 しんせん」です。

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マカオ・ザビエル・鹿児島

ザビエル一行は伊集院に赴き領主「島津 貴久」に謁見する。
貴久はザビエルに好意を持ち一時薩摩での活動を認める。
また、義弘(15歳)も大いに興味を持ち一行と接触を持った。
特に最年少18歳の「ゴンザレス」とは仲良くなり、
薩摩に滞在した1年弱をゴンザレスと語り明かした。
この体験が義弘の後の活躍に大いに役立ったと言える。
(江宮 隆之著 島津 義弘 より)

薩摩滞在10カ月の頃、仏僧らからの諫言を受け入れ、
貴久はザビエルの布教活動を禁止する。
一行は鹿児島を離れ北上する。

各地を転々とし京に上る。
京での活動ははかばかしくなかった。
一行は失意の思いで京を離れ平戸に向かう。僅か1カ月弱の滞在だったという。
山口に滞在している折、豊後(大分)にポルトガル船が入港したことを知り、
豊後に向かう。
豊後では後にキリシタン大名と言われる、
大友 宗麟と出会い布教活動を許される。

日本滞在が2年になりゴアからの情報がない事を憂慮し、
ザビエルはここで一旦ゴアに戻ることを決めた。
1551年11月15日豊後を離れる。
約2年間の日本滞在の半分は薩摩での滞在であった。

時は移り、1999年ザビエル日本上陸450年祭が、
ここ鹿児島で大々的に行われた。
「ザビエル上陸450周年記念ホームページ」クリック

同年10月、「ザビエルのミイラ化した右腕下部」が、
鹿児島のザビエル教会に展示された。
すごい数(数万人だったのでは)の市民が教会に列を作った。
もちろん私も家族で行き、貴重なものを見せてもらった。
おそらく「ジェズ教会(ローマ)」の協力のもとで、
実現したものだと思う。
「ジェズ教会」クリック

最後に、ザビエルが日本人(薩摩)感を、
ローマに書き送っている。
*いままで出会った民族の中で最も優れている。
*悪意がなく、接する態度も好感を持てる。
*名誉心が極めて強い。
*貧しさを恥と考えていない。
 等々、識字率が高く、礼節を重んじる、
 最も優れた民族と褒め称えている。

「フランシスコ・ザビエルの日本人観」クリック

現代の日本人。当時を少し見習うべきだと思いませんか。

脇道に逸れましたが、次は再びマカオに戻ります。

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マカオ・ザビエル・鹿児島

ザビエル繋がりで鹿児島との関係を少し。

マラッカで会った(12/1547)ヤジロウ(鹿児島出身)を伴って、
1549年8月15日 フランシスコ・ザビエルの一行が、
ここ鹿児島の祇園之洲(ぎおんのす)に上陸する。

ザビエル上陸記念碑
フランシスコ・ザビエル上陸記念碑
(ルイ・フランセン作 ベルギー人)

ザビエル上陸解説 上陸記念碑文
 

記念碑

ザビエル教会
鹿児島カテドラル・ザビエル記念聖堂
1999年 ザビエル鹿児島上陸450年記念事業で建立された。
鹿児島カテドラル・ザビエル教会 クリック

ザビエル教会

ザビエル教会公園から
(ザビエル公園から)
聖堂の形状はザビエル一行の乗ってきた帆船をイメージしている。
聖堂は3代目で前聖堂は福岡県に移築されている。
「旧ザビエル聖堂」 クリック

次へ続く。

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マカオ

ドン・ペドロ
ドン・ペドロ5世劇場(世界文化遺産)

聖ヨセフ修道院・聖堂
聖ヨセフ修道院・聖堂(世界文化遺産)

いよいよ世界遺産のクライマックスとでも言うべき、
聖ヨセフ修道院・聖堂です。
ここには我が鹿児島との深い縁がある、
フランシスコ・ザビエルの右腕の一部(上腕部)の、
遺骨が安置されている。

聖ヨセフ聖堂
聖ヨセフ聖堂 聖ヨセフ聖堂内部
 
ザビエル遺骨 聖ヨセフザビエル
ガラスケースの中にザビエルの遺骨が納められている。 

聖ヨセフパイプオルガン
パイプオルガンがあった。

聖ヨセフ聖堂
周りの黄色の花は「アラマンダ」。
鹿児島でもあちこち咲いているが、ここでは何となく気品を感じた。

フランシスコ・ザビエルは2年間の日本での布教を一時中断し、
インドのゴアに戻る。
日本人の宗教観は中国の影響が大きいことを悟ったザビエルは、
中国へ赴くことを決意する。
マカオの南方中国の上川(サンショアン)島に上陸。
そこで熱病にかかり1552年12月3日帰らぬ人となる。

次回はマカオ観光から逸脱するが、
我が鹿児島との関わりを少しお話します。

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マカオ

マカオ世界文化遺産

聖ドミニコ教会
聖ドミニコ教会(世界文化遺産)
聖ドミニコ広場(世界文化遺産)
この波のような模様はかなり目を引く。
並みのセンスではない。
セナド広場から続いている。

ドミニコ内部A ドミニコ内部B ドミニコ内部C
  聖ドミニコ教会内部
追記
この教会は内部の撮影はOKでした。

セナド広場 
セナド広場(世界文化遺産)

仁慈堂大楼
 仁慈堂大楼(世界文化遺産)
セナド広場内(純白の建物)

義順のミルクプリン
「義順」のミルクプリン
セナド広場を左に曲がると店があった。
マカオでは評判の店らしい。

子供服
子供服を売っていた。

坂道
ヨーロッパの坂道のような。

民政総署
民政総署(世界文化遺産)
奥の白い建物(二階建)

次回に続く。

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マカオ

毎晩寝不足ではありますがBlogも疎かにはできません。

それではマカオの後半です。

私のマカオのイメージは「カジノ⇒ギャンブルの街」
というイメージだったが実はこの街は世界文化遺産の宝庫だった。
約30もの世界文化遺産が狭い地域に集中している。

マカオ表紙

その中の9か所の世界文化遺産を紹介します。

聖ポール天主堂跡
聖ポール天主堂跡(世界文化遺産)
マカオのシンボル的な存在。1835年焼失し「ファサード」のみが残った。
他に支えがないので日本のように地震があれば、
とっくに倒壊していただろう(マカオは地震がない)とのこと。

聖ポールカメラマン
カメラマンの放列

聖ポール階段
聖ポール天主堂跡 階段より

ナーチャ廟
ナーチャ廟(世界文化遺産)
西洋と東洋の寺院が併存する。
ナーチャは孫悟空に登場する。

塵焼き釜
ナーチャ廟横 塵焼き釜?

旧城壁
旧城壁(世界文化遺産)
1569年から居留したポルトガル人が造った。

旧中国人街より
中国人街より天主堂を望む(旧城壁のトンネル)

グランド・リスボア
天主堂よりグランド・リスボアを望む

次に続く

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マカオ夜景 ②

マカオの夜景を「You tube」にUPしました。
どうぞご覧ください。

「You tube」
マカオ夜景 クリック

使用曲
CELINE DION(セリーヌ・ディオン)
LET’S TALK ABOUT LOVE より
AMAR HACIENDO EL AMOR

ガイドさんの話によるとカジノの売り上げは、
アメリカのラスベガスを抜いたということです。
走ったコースが限定され紹介した夜景は、
マカオの夜景のほんの一部だと思います。

マカオタワーの一部(下部)だけが映っていますが、
タワー(昼間)からの映像も撮ってありますので、
次回はUPしようと思います。

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マカオ夜景 ①

幾つかの企画が進行中ですが、旅の記憶の諸々が薄れていく懸念もあり、
今回の旅行を優先してUPすることにします。

鹿児島から上海・台北への直行便はあるものの、
香港便は今はない。(昔は運航していたが)
従って午前6時過ぎの新幹線を利用して福岡空港に。

10:50発台北経由・香港に15:00に着いた。
その後高速フェリーでマカオに19:30頃到着。
夕食・ホテルチェックイン後市内観光に。

この街はカジノの派手さとポルトガル植民地の強い影響を受けた街並み、
それに中国のバイタリティーとがあいまった、
雑多ではあるが活気に満ち溢れた独特な街だった。

先ずは夜景です。
Galaxy
Galaxy Macau(澳門銀河)の夕景

Galaxy A Galaxy B
 Galaxy Macau

オークラA オークラB
 Galaxy  Macau ホテルオークラ

グランド・リスボア
グランド・リスボア(カジノホテル)

街角
街角

セナドA セナドB
 セナド広場

民政総署
マカオ 民政総署 (旧マカオ市庁舎)

カテドラルA カテドラルB
 カテドラル教会(赤い花は ハイビスカス系?)
           (モックメンは別の花でした)

八百半
八百半(会社は倒産したがここでは八百半として(経営は別)残っていた。
近日中に動画をUPします。


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夜景

大変長い間のお休みでした。
約1週間ぶりの記事をUPします。

先ずは小手調べにどうぞ。
香港夜景
香港夜景(大) 7/17 2012 22:44
=九龍(きゅうりゅう)から香港島を望む=

「大型画像がうまく見えない方はこちらをどうぞ。同じものです。」
香港夜景小
香港夜景(小)

この7/15(日)から7/18(水)まで香港・マカオ・深圳(しんせん<中国>)の
三都市を巡ってきました。
帰国後は仕事がパンク寸前状態に陥り、今日に至った次第です。

山ほどのムービーと写真画像を持ってきました。
これから順次UPして行こうと思います。

香港夜景美術館クリック

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蓮華院誕生寺 南大門

南大門表紙
撮影日11’4.29

奥之院を後にして次は、蓮華院誕生寺 本院・南大門へ。
本院は玉名市内の街中にあった。
目的はつい先ほど(4月23日)落慶法要を済ませた、
南大門(復元)にあったが、
門は然ることながら、四方に守護する「四天王像」の見事さ。
まず見てください。
<正面から見て>
正面
正面左 (南方を守護)「増長天ぞうじょうてん」
増長天A 増長天B
 
増長天C
刀は本物だとの説明があった。

正面右 (東方を守護)「持国天じこくてん」
持国天A 持国天B
 

<本院から見て>
本院から
左   (北方を守護)「多聞天たもんてん」
多聞天A 多聞天B
  旧横綱朝青龍関がイメージモデルとして参加した。

右   (西方を守護)「広目天こうもくてん」
広目天A 広目天B
 横綱白鵬関がイメージモデルとなった。

寺院では南にある門が正門だそうで、そこを南大門と言うそうだ。
蓮華院誕生寺の南大門は戦国時代の戦乱で消失。
この度その復元が成り、落慶の運びとなった。
今回はたまたまその数日後、訪れる好機を得たと言うことだ。
この四天王像は、数百年単位~数千年単位で、
後世に残るに違いない貴重な財産だと思う。
重文指定の可能性も十分あると思う。

余計なことだが「重要文化財指定基準」文部科学省を、
表記しておきます。
「重要文化財の指定基準」

四天王像はそれぞれドイツ製のシャッターに守られている。
寺院の四方を守護する「四天王」が、
シャッターに保護されているとは、少し滑稽に思えた。

本院 本院五重塔
 左、山の中腹に、奥之院五重御堂が見える。 右は本院の五重塔。
サムネイル画像をクリックすると拡大します。

追記 南大門・四天王像
「南大門便り」
南大門落慶及び四天王像の開眼法要までの道のりが、
詳細に判ります。

蓮華院誕生寺 本院・南大門
〒865-8533
熊本県玉名市築地2288
℡0968-72-3300

※シッタレは蓮華院とは宗教的に何の関わりもありません。

これで蓮華院はお終いです。

玉名には思いもよらない名所旧跡があった。

たま(たまには)玉名にきなっせ(来て下さい)
玉名はほんによかとこばい!
熊本弁でした。熊本には親戚が多く居ます。
少し間違っているかもしれませんが。

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